NIS 諸国における日本語教育の変遷と課題
大村智美・岩屋広輝
1.はじめに
NIS 諸国における日本語教育は比較的歴史が浅く、他の地域に比べて現場の実情が見えにくい。カザフスタン共和国・ ウズベキスタン共和国の二つの国を取り上げ、日本語教育の変遷と課題についてまとめる。
2.カザフスタン共和国
2.1.年表と学習者数の推移からたどる日本語教育
カザフスタン共和国として独立した翌年の1992 年に、旧首都アルマティにあるアル・ファラビ名称カザフ民族大学東洋 学部中国語学科において日本語コースが設置されたのが、カザフスタンにおける本格的な日本語教育の始まりである。その後、1996年には初等・中等教育においても日本語教育が開始され、2002 年には JICA とカザフスタン政府との協定 によりカザフスタン日本人材開発センターが設立、日本語コースが設置されるなど、次々と日本語教育を行う機関が増加していった。2006 年には、12 の学習機関で 1569 名が日本語を学んでいた(資料②)。その後、2009 年には学習者は 723 人と半減し、教育機関・学習者とも減少した。2013 年に、専門家が開発したカリキュラムがないとの理由で教育科 学省から初等・中等教育におけるの日本語コース閉鎖が命じられたが、2018 年に Nazarbayev Intellectual School において選択科目の一つとして日本語が取り入れられた(アスタナ、アルマティ各 1 校)。2018 年からは再び学習機 関・学習者ともに徐々に増加し、2021 年には学習機関数 9,学習者数 611 名となっている。しかし、2024 年 2 月現在、 日本語専攻コースを持つ大学は 3 校のみである。
2.2 日本語教育における諸課題
国際交流基金(2023)によると、「カザフスタンでは、以前より日本の伝統文化に対する関心が高くなっている」。一方 で、2006 年のピーク時に比べると、増加しつつあるとはいえ、学習者数はいまだその半数以下である。日本とカザフスタンの経済的つながりの弱さ、カザフスタンにおける日本語教育のほとんどが首都アスタナと旧首都のアルマティに偏っている ことが、日本語学習者がなかなか増加しない一因であろう。カザフスタンは天然資源の豊富な国であり、日本にとってはますます重要な国になっていくことが予想される。日本学・日 本語を学び、日本の良き理解者となる学生・市民を増やすには、日本側からの働きかけが重要であろう。
3.ウズベキスタン共和国
3.1.年表と学習者数の推移からたどる日本語教育
1991年のソビエト連邦崩壊後に独立を果たしたウズベキスタン共和国の日本語教育の始まりは、1990年の国立タシケント大学東洋学部日本語コース開設に遡る。ウズベキスタンでの日本語コースの開設は周辺国にも影響を与え、中央ア ジアにおける日本語教育を広めるきっかけとなった。当初は首都のタシケントが中心であったが、次第にウズベキスタン内の様々な地域でも日本語教育が行われるようになった。日本語教育の開始から2005年までは着実に日本語学習者を伸ばしていたが、それ以降は初等教育を中心に日本語学習者の減少が続いた。その要因の一つとして、2005年に発生した アンディジャン事件により、イスラム・カリモフ前大統領は親米から親露へ外交路線を転換したことで、政治的な立場が大き く変わったことによる影響があるとみられる。2015年までは日本語学習者数が全体的に減少するなか、学校教育以外における学習者数は着実に数を伸ばしていた。これは日本語教育機関数が政治的な要因に依存する一方で、日本に関心を 持つ人々が増え、独学でも日本語学習をしようと思う学習者数が増えていると取ることができる。2015年の安部元首相 によるウズベキスタン訪問をきっかけに、それ以降の日本語学習者が急増している。
3.2 日本語教育における諸課題
国際交流基金(2022)によると、2021 年度のウズベキスタンにおける日本語学習者は 3,579 名、日本語教師数は 129 名であり、中央アジアにおける日本語教育の規模は最大である。学習熱が高まっている一方で、ウズベキスタンにお ける教師の給与水準が低く、研究者が成長できる環境が整っていないため、教育現場において慢性的な人手不足が発生 している。国レベルでの教育現場への人的資源の導入と教育が急がれる。 日本語教育現場で使われる教材としては『みんなの日本語』、『まるごと』、『いろどり生活の日本語』などのウズベク語 翻訳版が多い。他方、日本語教材は現地の物価水準では効果であり、首都のタシケント以外の地域では日本語教材を入 手することが難しいといった面もある。こうした事情からテキスト等で日本語を学習するというよりは、Youtube やアプリケ ーションを使って日本語学習をしている、といった学生も少なくない。つまり学生は日本語の学習意欲は持っているにもか かわらず、それに対応できる日本語教材にアクセスできる環境が整っていないのである。 4. さいごに 今回は外国語学習熱が高まっている NIS 諸国の中で、カザフスタン・ウズベキスタンについて取り上げた。両国共に、日 本語を含めた外国語に対する関心が高まりつつも、それに対応できる教育的な体制と現場が確立されていない。一方で、 両国は経済成長が著しく、発展が期待されている。経済発展による恩恵を教育に還元するのはもとより、日本側からできる こととして、日本語教育に関する有識者が現場において教師教育をすること、また、両国と日本とのつながりを強化していく ことが、今後の重要な一手となるであろう。
参考文献
外務省『ウズベキスタン基礎データ』
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/uzbekistan/data.html(2024 年 9 月 9 日閲覧)
国際交流基金(2023)『国・地域別の日本語教育情報(ウズベキスタン、カザフスタン)』
https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/area/country/2023/index.html#e_europe (2024 年 7 月 13 日閲覧)
国際交流基金(1998~2021)『海外日本語教育機関調査報告書』
https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/result/(2024 年 7 月 13 日閲覧)
平畑奈美 (2020) 『中央アジア・ウズベキスタンにおける日本語教育』東洋大学学術情報レポジトリ国際文化コミュニ ケーション研究第3号, 127-147. マフカモワ・サイーダ(2012)「教育にみられる民族的特性─ウズベキスタン」『中央アジアの教育とグローバリズム』東 信堂, 82-93. 3