国際ビジネス都市「香港」における日本語教育


梶谷久恵

1.はじめに
1941年から日本軍の占領下におかれ、学校教育の中で進められた香港の日本語教育は、終戦とともに一度その姿を消した。本発表は、戦後、経済の発展とともに規模を拡大していった香港の日本語教育の展開についてまとめるものである。

 

2.香港の言語環境・経済事情 ~両文三言と一国二制度~
 アヘン戦争をきっかけとして1842年に英国の統治下におかれた香港では、長らく英語のみが公用語とされてきた。1974年に中文(繁体字中国語)が公用語として認められたものの、経済の発展とともに英語と広東語ができる人材養成が求められ、英語で教科学習を行う英文中学が増加する一方であった(石川2012)。中文教育は香港返還が迫る1988年にその方針が打ち出され(詹1996)、返還後は書き言葉は英語と中国語、話し言葉は広東語・標準中国語・英語を用いる「両文三言」政策を掲げ、今日まで続いている。
 また、香港は1997年に資本主義の英国から社会主義の中華人民共和国へ返還されたが、香港の憲法にあたる「香港特別行政区基本法」によって、返還後50年間は外交と防衛を除いて中国の司法の影響を受けないことが保証されており(一国二制度)、独自の自治と経済発展を遂げている(在香港日本国総領事館2018)。

 

3.日本語教育の展開

※持続進修基金制度(CEF: Continuing Education Fund)
知識基盤経済を目指し、生涯学習を推進する目的で設けられた制度。社会人が認定を受けたコースを受講し政府の認定した試験に合格すると、受講料の最大8割の支給を受けることができる。認定試験には、日本語能力試験とBJTビジネス日本語能力テストも含まれる(国際交流基金2018)。

4.まとめ
 戦後、香港での日本語教育は、海外進出する日本企業や増加する日本人観光客に対する社会的ニーズから、民間の教育機関が中心となって展開された。また、これらの日港経済交流とともに浸透していった日本文化への興味・関心から日本語ブームが巻き起こり、日本語学習の動機は次第に個人的ニーズへと移りつつあるように思われる。実際、日本語能力検定(N5~3)への応募者を対象とした「2017年香港の日本語学習背景調査」(山下ら2018)において、約40%が教育機関を頼らず独学で日本語を学習したと回答しており、全体として日本語学習の継続には「旅行や趣味に役立つこと」が必要だと考えていることが明らかになった。もっとも、「就職・進学などに役立つこと」も主にN3に支持されていることから、社会的ニーズが維持されていることも大きく貢献しているものと考えられる。よって、今後香港の日本語教育がどのような変遷を辿るかは、①香港人の日本文化に対する関心、②日本の経済発展、③香港の一国二制度、の3つが維持されるのかによって、大きく左右されることだろう。とりわけ3つ目に関して、未だ「逃亡犯条例改正案」に反対するデモが終結していないことから、今後も注視していきたい。

 

<参考文献>
余均灼(1995)「香港の日本語教育」『世界の日本語教育. 日本語教育事情報告編』2
石秋炯(1996)「香港における外国語教育の中の日本語教育」『世界の日本語教育. 日本語教育事情報編』4
石川薫(2012)「香港における言語環境 ―三語の行方―」『東京女子大学言語文化研究』第21巻,20-33
木山登茂子(2011)「2010年香港日本語学習者背景調査報告」『日本学刊』第14号,176-195.香港日本語教育研究会
詹秀娟(1996)「香港・台湾の歴史と言語事情」『新潟産業大学人文学部紀要』第5巻,33-52
宮副ウォン裕子(2002)「香港における専門日本語教育:歴史・現状・展望」『専門日本語教育研究』4.専門日本語教育研究会
宮副ウォン裕子、マギー梁安玉、李維倹(2002)「香港の中等日本語教育における最近の動向」『専門日本語教育研究』4.専門日本語教育研究会
山下直子、梁安玉、劉礪志、李澤森、李夢娟(2018)「2017年香港の日本語学習者背景調査」『日本学刊』第21号,182-192. 香港日本語教育研究会
国際交流基金(2017)『香港(2017年度)』
<https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/area/country/2017/hongkong.html>
国際交流基金(2014)『香港(2014年度)』
<https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/area/country/2014/hongkong.html>

 

<一次資料>
国際交流基金『日本語教育機関調査』
<https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/result/index.html>

一次資料の内容概要
『日本語教育機関調査』、国際交流基金(ジャパンファウンデーション)は、世界の日本語教育の現状を正確に把握するために、数年おきに「日本語教育機関調査」を実施しております。調査の結果は、報告書にまとめて一般に公開しております。

©2014 Yoshimi OGAWA