北朝鮮の日本語教育 

 

金ヘイン

 
1. はじめに
 現在、世界各国では活発に日本語教育が行われている。隣接している韓国は2015年には、学習者数が55万人を超えているが、同じ言語や類似している歴史と文化を共有している北朝鮮での日本語教育については知られていない。北朝鮮は日本と国交はないが、国際情勢上、関係が全くないとは言えない。本稿は1945年の植民地解放から現在までの日本語教育について、主にニュースと北朝鮮側の公開資料を用いてまとめる。特に、同じ民族としての歴史を持っている韓国、朝鮮族と比べながら、現代の日本語教育の主体は誰なのかを検討する。

 

2. ニュースから見た北朝鮮と日本語
2.1 金賢姫
金賢姫は北朝鮮出身で、1987年11月29日いわゆる「KAL機爆破事件」の犯人である。金賢姫は活動当時、「蜂谷真由美」という仮名を使い、日本人と偽装していた。逮捕された後、死刑を宣告されたが、釈放されて 自叙伝を書いたりインタビューに応じるなどで 自分のスパイ活動に関して陳述した。金賢姫は平壌外国語大学の日本語学科を卒業した。日本語教師は「李恩恵」という女性に大学の授業とは別に個別特別教育を受けたと陳述したが、以降記者会見で、日本人拉致被害者の「田口八重子」の写真を見たら「李恩恵」が「田口八重子」だそうだと思うと明かした。金賢姫によると北朝鮮の人と結婚した人や朝鮮総連で活動した人など6~70年に北朝鮮に来た日本人が多数いたと述べた。
2.2 労働新聞
労働新聞は北朝鮮の最も有力な日刊新聞である。北朝鮮にとって日本は歴史問題や戦争の賠償問題などが解決されてない敵国だと認識しているため、政府は日常生活での日本語使用を控えようとする講演会などを行われているが、労働新聞に未だに日本語の単語や表現が使用されている。それについて「体裁の代弁者である労働新聞が敵に敗北した」と不満を持っている人も数少なくない。北朝鮮の一般市民にとって日本語は新聞に使用されるほど一般的であるが、認識はよくないと考えられる。

 

3. 平壌外国語学院・大学
 北朝鮮には外国語を専門的に教える特集教育機関として「平壌外国語学院」と各市や道で設置・運営されている「外国語学院」がある。「平壌外国語学院」は6年制中学校過程で英語・中国語・日本語・ロシア語など8か国の外国語を中心的に教育する。この学院ンお入学資格は小学校の卒業者で高い身分のエリート層、栄誉軍人子女などの中で外国語に素質を持っている生徒を選抜する。上述した金賢姫も高地位の外交官の娘である。この学院の生徒は授業だけではなく、日常生活でも目標言語で考えて話すという「(目標言語の)100%生活化」を目指して没入式教育が行われる。教員は様々な理由で北朝鮮に在留する日本人もいるが、植民地時代に日本語を習得した人たちの日本語を継承して教えている教員もいる。 日本の大学生が訪問し、交流するなどの活動も行われている。2000年代に入り、北朝鮮の青年たちに外国語ブームが起き、平壌外国語学院も人気になった。平壌外国語大学は多国語を話せる専門家の養成を目的とし、日本語を第3,4外国語として学習している学生も多数いる。

 

4. 北朝鮮と韓国、朝鮮族の比較
 以上の記事から現在北朝鮮で日本語を教えている教員は大きく「諸事情により北朝鮮に在留する日本人」と「植民地時代の日本語学習者」によるものだと考えられる。このような特徴は同じ占領期を経験した韓国、朝鮮族の戦後日本語教育の開始の特徴と類似している。しかし、各地域の日本に対してのイメージには差があり、日本語教育の目的性にも違いが生じた。

北朝鮮と韓国は独自的な政府を持ち、民族国家としての意識が高く、日本との歴史問題が完全に解決されていないことに反発持っている人が多い。だが、韓国は日本をグローバル社会でのパートナー国として認識し、国家からの、民間でも日本語教育が活発に行われている。朝鮮族は戦後中国の少数民族として存在し、中国社会で自分たちの言語的強みを活かしていこうとしている。


5. 終わりに
  当初、北朝鮮の日本語教育はスパイ活動など政治的な目的性を持って存在していたと考えられる。北朝鮮は武器の開発などの強硬策を維持していたが、金正恩の執権後、教育政策において外国語教育の重要性を強調し始めている。上述した「平壌外国語学院・大学」も日本の大学と民間レベルの交流を行い、卒業生はスポーツや文化交流の通訳を務めるなど日本との交流の可能性を完全に否定しているとは見られない。韓国と朝鮮族のようにミクロ的教育が進むと、彼らも言語的つよみを活かした優秀な日本語人材として成長する可能性がある。まだ北朝鮮の日本語教育の機会が高位層の一部に限られているという問題は残っているが、今後このような交流の動きが広がることで、東アジアの平和に一歩近づけられると考えられる。

 

<参考資料>
チョ・ムニ(2011)『日本語教育史 下』JNC
韓 秀蘭(2012)「中国延辺朝鮮族の中等教育における日本語教育の展望 」『人文論叢(29)』、p175-183
金賢姫 著 (1991) 「이제 여자가 되고 싶어요(日本語題 いま、女として)」、고려원
統一教育院 <2018북한이해>「韓国統一部北朝鮮情報センター教育―特殊教育―」
http://nkinfo.unikorea.go.kr/nkp/overview/nkOverview.do?sumryMenuId=CL405
<新聞記事>
김현희에 일본어 알려준 은혜는 일본여성[박태경] 1991-05-16 mbc
http://imnews.imbc.com/20dbnews/history/1991/1847630_19386.html
北주민, 노동신문 일본어 난무에 “체제 대변자 적(敵)에 패배”2016-11-22 데일리NK
https://www.dailynk.com/%e5%8c%97%ec%a3%bc%eb%af%bc-%eb%85%b8%eb%8f%99%ec%8b%a0%eb%ac%b8-%ec%9d%bc%eb%b3%b8%ec%96%b4-%eb%82%9c%eb%ac%b4%ec%97%90-%ec%b2%b4%ec%a0%9c/
北 평양외국어학원 비결은 ‘몰입식’ 2008-08-24 데일리NK
https://www.dailynk.com/%E5%8C%97-%ED%8F%89%EC%96%91%EC%99%B8%EA%B5%AD%EC%96%B4%ED%95%99%EC%9B%90-%EB%B9%84%EA%B2%B0%EC%9D%80-%EB%AA%B0%EC%9E%85%EC%8B%9D/
日本と北朝鮮「大学生14人」の交流に見た現実:平壌に約1週間滞在した堀潤氏がリポート 2018-10-02 東洋経済
https://toyokeizai.net/articles/-/240458?page=3
(アクセス2019-06-26 同)

©2014 Yoshimi OGAWA