ベトナムの日本語教育
―漢越語について―

                                  劉婕 
                                汪俊文


1、はじめに
近年、日越の友好関係は広範な戦略的パートナーシップとて深化し、それとともに、日系企業のベトナム進出も著しく増加している。その背景にはベトナムにおいて、日本語学習者数や教育機関数が年々増えていることがあり、日本語教育がかつてない盛んな時期を迎えている。

 

2、漢越語
2.1漢越語の定義
ベトナムは,歴史的に漢字文化圏の周縁に位置し,日本や朝鮮半島と同じく漢語由来の語彙を受容してきた。現代ベトナム語において表記としての漢字が使用されることはほぼないが、漢語由来の語彙は語彙全体の7割程度を占めるという(岩月,2005)。それら漢語由来の語彙は「漢越語(từ Hán Việt)」 と呼ばれ、また、それらの語彙で用いられる漢字1つ1つのベトナム語読みは「 漢越音(âm Hán Việt)」と呼ばれる。
2.2漢越語の位置
漢越語はあくまでもベトナム人にとって外来語であり,ナショナリズムの涵養を望む政権によって固有語に言い換えるように指導されている。ベトナム語の純粋性を守るために,例えば《acnhan(悪人)》は「悪い人」に相当する《ngirdixau》に、固有語《may》 と漢越語《dfeuhoa(調和)》の組み合わせ《maydieuhoa)(エアコン)は「冷たい機械」を意味する《maylanh》に、それぞれ置きかえることが推奨されているのである。

 

3、漢越語と漢日語の比較
日本語の漢字語の特徴はいくつかあるが、①その多様な読み方 (音読みと訓読み)、②同音語の多さ、③和製漢語の存在が挙げられる。
ベトナム語の漢字語(漢越語)の特徴については、ベトナム語の辞書に登録されている単語の 7 割が漢字語(“tù’ Hán Viêt:漢越語)といわれており、これらは漢字表記が可能である。また,漢越語は中国南方から入った漢字音が多く、そのことより日本の漢語の呉音との類似が指摘されている。例えば「大(日:ダイ,タイ)」はベトナム語でも「ダイ」と読む。

 

4、後置修飾

表①の範疇について比較することができる。ベトナム語は後置修飾の言語であり、性詞は中心語である名詞や動詞に後置される。「携帯電話」は「電話移動」となる。漢字二字の場合でも「証人」が「人証」となるように、固有語の文法に従って修飾語が後置されることが珍しくない。また、多くの漢字語彙は「美女」「美味」のように漢語の語順に従って前置修飾の形で構成されている。これは、日本の漢字語彙が「入学」「節電」のように固有語の語順と異なる「動詞✚目的語」の形で構成されているのと同じことである。結果として、漢越語の内部における修飾関係をみると、前置修飾と後置修飾が混在するという特徴を持っている。例えば「人権」は日本語と同じく「人権」だが、「人才」は「才人(才能のある人)」という意味になる。「人情」の例は複雑で、一つは人情(前置修飾)と、もう一つは恋人(後置修飾)の二つの解釈が可能であり、どちらの意味で用いられるか文脈から判断するしかない。

 

5、ベトナム人日本語学習者にとって漢越語が有利に働くのかについて
5.1ベトナムの現状
現在,ベトナムでベトナム語母語話者に対して漢字教育が行われる場合、「漢越語は日本語学習に有利に働くため積極的に活用したい」と考える教育機関と、「有利に働かないため積極的には利用しない」と考える教育機関とに分かれる。その中には、最も積極的に利用している代表的機関としてはホーチミン市のドンズー日本語学校がある。一方、消極的立場に立つ機関では、漢越語と漢日語の意味のずれを警戒し、非漢字圏の学習者と同様に漢字を教えている。その代表的機関としてはハノイ貿易大学、ハノイ国家大学人文社会大学などがある。
5.2、研究について
日越漢字語の一致度に基づく分析によると(松田ら,2008)、①、二字漢字語においては全体の 5 割が一致語や類似語である。②、1 級と 2 級の二字漢字語については日越漢語の一致や類似が6 割近くに達し、更に語彙全体に占める二字漢字語の比率も1 級 56%、2 級 46% と高くなっている。③、4 級語彙については日越の漢字語彙の一致度は多くとも 2 割以下である。3 級も同様に 一致度は低い。④、和製漢語と漢越語の一致率は6 割以上であり、学術専門用語であれば更に一致する可能性がある。

 

6、まとめ
以上のことより、漢字語の意味認知についてのみ言及すれば、漢越語の知識は日本語学習に有利に働きうるといえよう。しかしその知識が有利に働くのは基本的に中級以降ということになる。3 級、4 級に相当する初級では書字を持たないベトナム人日本語学習者が、他の非漢字圏の日本語学習者より有利ではないと考えられる。ベトナムでの日本語教育は学習者数も教育機関数も急増しているため、今後、教育機関同士の連携や、カリキュラムなどに関する情報を共有し、漢越語を利用し、より良いカリキュラムを作られるのではないかと思う。

 

参考文献
・石原嘉人(2014)「ベトナム語話者に対する漢字語彙の指導について」『琉球大学留学生センター紀要』1
・松田真希子,タン・ティ・キム・テュエン,ゴ・ミン・トゥイ,金村久美,中平勝子,三上喜貴(2008)「ベトナム語母語話者にとって漢越語知識は日本語学習にどの程度有利に働くか-日越漢字語の一致度に基づく分析-」『世界の日本語教育. 日本語教育論集』18 国際交流基金
・Truong Thuy Lan(2007)「ベトナム語を母語とする日本語学習者における漢越語知識の利用ストラテジーの活用についての観察」『言語文化と日本語教育』34 お茶の水女子大学日本言語文化学研究会
・中川康弘、小林学(2008)「ベトナム人日本語学習者の漢越語知識と漢字語彙習得についての一考察 : 現地における正誤判断テストとインタビュー調査から」『桜美林言語教育論叢』4

参考資料 
ドンズー日本語学校!ベトナム人留学生採用にはなぜ日本語学校を見るべき?https://www.nodejpn.com/journal/newstopics/1820.html(最終閲覧日 2019年7月21日)
ドンズー日本語学校HPhttp://www.dongdu.edu.vn/(最終閲覧日 2019年7月21日)

©2014 Yoshimi OGAWA