インドの言語政策と日本語教育の展開


                               アリモヴァ ディルショダ

 
1. はじめに
 インドを一言で表現する言葉としてよく使われるのが、『多様性』という言葉である。人類、宗教、言語、文化、文明等、あらゆる分野で多様性という言葉が適用される。このようなバラエティ豊かな国なので、日本語教育もかなり多様である。各地方では、日本との関係や外国語に対しての興味などの要因によるバリエーションがあり、様々な日本語活動が行われている。本橋ではインドにおける日本語教育の展開と日本語教師の育成に焦点を当てて述べることとする。

 

2.インドの基本情報
 インドは広大な国で、日本の約8.7倍の面積である。
総計人口:約13億人(日本の10倍)
首都:デリー
最大都市:ムンバイ
公用語:ヒンディー語、英語、各州の公用語(22)

 

3.インドの言語政策
 多様性の特徴を持つインドは、1枚のお札に15の言葉を記している。公用語として22言語が使われていて、一般のインド人はいくつかの言語を習って育つ。インドでは初等・中等教育で、少なくとも3つの言語が学習されている。①地域の言語(学習者の母語と違う場合もある)、②連邦公用語(英語、ヒンディー語)、③1と2以外のインドの言語、または外国語。つまり、「3言語方式-Three Language-Formula」が原則採用されている。学校教育における英語以外の外国語は、主にフランス語、ドイツ語、スペイン語、ポルトガル語、ロシア語、ペルシア語、アラビア語に限られている。2006年から日本語も導入された(ジョージ2017)。

 

4.インドにおける日本語教育
 インドの日本語教育の歴史は浅いようだが、その道程を遡って見れば、今から70年前にインドで日本語講座が開講されたことがわかる。それは、アジアのノーベル文学賞受賞者タゴールのおかげである。タゴールは自分の設立した「ヴィシュヴァ・バーラティ大学」に、1920年ごろ日本から日本語教師を招き、さらに、大使館や総領事館、印日協会などでも日本語教育が行われるようになった。それが独立インドにおける日本語教育の始まりだった(ジョージ2017)。
 インドは大きい国で、インドにおける日本語教育の過去と現在について考えるとき、北、南、西、東インドと4つに分け、研究や調査が行われてきた。各地方の公的機関と民間施設の日本語教育はそれぞれの特徴がある。インドで、日本語教育および日本語研究が本格的に動き出したのは日印外交が樹立された1952年以降である。1948に設立された「外国語学校」(School of Foreign Languages)に1954年から公務員、外交員及び軍人向けの日本語講座が開設された。一方、日本政府も日本語を通して海外における日本理解を促進しようとさまざまな政策を実行した。しかし、1980年代までの日本語教育・日本語研究は首都デリー(北インド)を中心に行われていた。東インドのコルカタやヴィシュヴァ・バーラティ大学、西インドのプーナ大学なども以前から日本語教育を行っていたが、いずれもパートタイムのコースであった。次第に、日本語教育は、南インドの最大都市チェンナイ、バンガロール、西インドのグジャラート州などへも広がった(ジョージ2016)。
 21世紀に入ってから、日本語教育は上記の大都会において、より活発に行われるようになった。2006年にインドの中等教育中央委員会(Central Board of Secondary Education:CBSE)の傘下にある学校では、日本語が第3言語として選択科目に指定され、第6学年から日本語を学べるようになった。現在、首都圏付近約70以上の学校が日本語を教えている。地方のいくつかの学校も教え始めているようだが、その統計はまだ不確定なため、実態ははっきりつかめていない(ジョージ2017)。

 

5.日本語学習者
 以前インドでは、外国語(日本語を含む)の学習は「女性が興味としてやるものだ」や「頭脳が鈍い者が、他に選択肢がなくてやるものだ」など一般に軽視されていた。しかし、21世紀に入って、外国語さえ知っていれば良い仕事に就けると悟ったインド人の学生や失業で悩む若者たちが、日本語や外国語講座に興味を持つようになった。特に日本語の場合、年々応募者の数が驚くほど増えている。国際交流基金によるとインドで毎年実施されている日本語能力試験の受験者の数も増加している(国際交流基金2017)。

 

6.日本語教師の育成
 2017年9月14日、安倍総理大臣がインドを訪問し、モディ首相と日印共同声明を発表した。その中に次のような文言がある。「両首脳は、より幅広く緊密な産業協力を達成するために、インドにおける日本語教育を拡大させる重要性を認識した。この点について両首脳は、今後5年間で、インドの100の高等教育機関において認証日本語講座を設立し、1,000人の日本語教師を育成する取り組みを行うことを決定した」(外務省ホームぺージより)。
 2018年7月23日、日本語教師育成センターがJNUのUGC-Human Resource Development Centre内でスタートした。 日本語教師育成センターでは、いくつかの異なるコースを開講予定である。メインとなるのは7月23日に始まった「教師育成コースA (360H)」で、主に理工系高等教育機関の教師を育成するコースである。1期30人、年に60人の教師を新規育成する。5年間で300人の先生が育成される。週に30時間、12週間で360時間という本格的なコースで、修了者にはインド外務省の事務次官、駐インド日本大使が署名した修了証書が発行される。これほど本格的な教師養成コースは、長いインドの歴史の中でも初めてのことである。また「教師育成コースB (30H)」は主に日本語を学ぶ大学生を対象として、デリーのほか、プネ、シャンティニケタン、チェンナイの全国4か所で実施予定である。また、新たに教師を育成するだけではなく、現職教師の研修も日本語教師育成センターの重要な仕事である。中等教師研修、大学教師研修、民間学校の先生も参加しやすい研修などになる(小西広明2018)。


7.おわりに                                                                                                                                      
  20 世紀の終わりから始まった経済自由化と市場開放の結果、インド経済が大規模の成長を成し遂げ、多くの外国企業がインドに進出して投資するようになった。特に、日本企業は従来に比べて何倍も増えていることがインド人日本語教師に取ったインタビューからも明らかになった。これからの日印関係はさらに密接になり、両国間の技術的、政治的、経済的、外交的関係が一層深まっていくに違いない。したがって、インドの日本語教育と日本研究も変わってゆくと考えられる。将来に急増する人材需要を満足させるために、今から多くの日本語や日本学の専門家を育てなければならない。その過程で教師の不足、適当なカリキュラムの開発と教材の作成などは問題になってくると推測するが問題を乗り越えるために日本国際交流基金をはじめ、インドの中央中等教育委員会、インド日本語教師会などがすでに直接日本語教育に携わっているのでこれからのインドにおける日本語教育は展開するに違いないと考えられる。

 

参考文献
ジョージ、プラット・アブラハム(2003)「インドにおける日本研究と日本語教育の現状と方向性」『福岡ユネスコ協会創立55 年記念特集号』第39 号、54‒67 頁.
ジョージ、プラット・アブラハム(2007)「アジア新時代の日印関係とインドにおける日本研究」、白幡洋三郎・劉建輝編『日本文化研究の過去・現在・未来──新たな地平を開くために』55‒64 頁、国際日本文化研究センター
ジョージ、プラット・アブラハム(2010)「インドにおける日本研究の現状:問題と将来性」『立命館言語文化研究』21 巻3 号、95‒104 頁.
宮崎里氏・杉野俊子(2017) 『グローバル化と言語政策』pp.164-177

日印首脳会談
https://www.mofa.go.jp/mofaj/s_sa/sw/in/page4_003293.html

国際交流基金(2017)
https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/area/country/2017/india.html
国際交流基金(2016)
https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/area/country/2016/india.html
国際交流基金(2014)
https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/area/country/2014/india.html

参考資料
https://www.wochikochi.jp/report/2018/09/india-japanese-language-teacher.php(2019年7月10日最終アクセス)
 https://www.mofa.go.jp/mofaj/s_sa/sw/in/page4_003293.html
2019年7月10日最終アクセス)

©2014 Yoshimi OGAWA