中国における日本語教育の概要
ー1949年建国以降を中心にー
孟小渓
1. はじめに
中国と日本は一衣帯水の隣国同士である。中国における日本語教育の歴史は長く、清国の時代まで遡ることができる。しかし、日本語教育が盛んになったのは日中国交正常化以降のことだと思われる。中華人民共和国が成立してから、日本語教育は大学を中心に行ってきた。また、政治、経済、社会発展の需要に応じ、日本語教育は急速に発展し、人材育成の方針も常に調整されてきた。そこで、中国は建国以降の日本語教育にどのように推進してきたか、今現在日本語教育の現状はどのようになっているのか、更に、日本語教育機関、日本語教師の資格と学校のカリキュラム及び中国における日本語教育の特徴について簡単に述べたいと思う。
2. 日本語教育の歴史区分
名称 | 期間 | 特徴 |
模索期 | 1949ー1965 | 外国語専門学校や総合大学に日本語専攻が設置された。 |
停滞期 | 1966—1972 | 1966年からの文革大革命により日本語教育が途絶えることになった。 |
回復、発展期 | 1972ー1986 | 1972年の日中国交正常化により第1次日本語 ブームが起こり、多くの大学で日本語教育が開始された。 |
成熟期 | 1987ー2000 | 第2次日本語ブーム開始。コンピューター時代を背景に社会の英語志向が高まる中、日本語は英語に次ぐ第二の外国語の地位を確立した。 |
改革期 | 2001年以来 | 四技能の養成及びコミュニケーション能力の養成に目を向けるようになった。教師の研修も増えて、教授法の重視も要求されている。 |
3. 中華人民共和国成立後の日本語教育の始まり
中国の大学における日本語専攻の教育の歴史は、建国前に遡る。はじめに、1928年に北京大学で日本語教育が開設された。当時、北京大学の日本語学科は、文学院外国文学系の学科として日本文学科が発足された。この日本文学科を主催したのが、周作人であった。この日本文学科は1938年まで続いたが、日中戦争の間は、北京大学が、清華大学、南開大学とともに昆明に移され、西南連合大学となり、そこでは日本文学科は設置されなかった。
1945年8月、日本の敗戦によって西南連合大学は再び北京に戻り、授業が再開され、日本文学科は東方言語文学系の下に日本語研究室として設置された。 中華人民共和国成立以前は、北京大学での日本語教育だけであったが、中華人民共和国成立後の大学日本語教育は、急速に発展していった。ここでは、大学の日本語教育、大学院の日本語教育の始まりを述べる。
3.1. 大学における日本語教育の始まり(本科)
上記で述べたように、1928年に北京大学で大学における日本語教育が始まった。中華人民共和国成立後から次第に大学での日本語教育がはじまった。以下、1960年代末までに日本語専攻が開設された大学である。
北京大学(1928年)、北京対外貿易学院(1954年)、上海外国語学院(1959年)、北京外国語学院(1962年)吉林大学(1963年)、北京第二外国語学院(1964年)、黒竜江大学(1964年)、大連外国語学院(1964年)
この中の大連外国語学院に関しては、前身は大連日本語専門学校として設立された。これは中国で初めて設立された日本語専門学校である。1960年代に開設された大学の場所は北京、上海、ハルピン、長春、大連であり。これらは現在でも日本語教育が盛んな地域である。また、東北3省全てにこの時期から日本語教育が始められており、このことからも東北での日本語教育には歴史があり、盛んであるということが分かる。
1970年代になるとさまざまな地域で日本語専攻が開設されはじめ、大学における日本語教育が本格的に始まった時期であるとも言えるのではないだろうか。
3.2. 大学院における日本語教育の始まり
中国の大学院で日本語学科を最初に開設したのは北京大学が始まりである。1960年に大学院生を募集した。1980年から、各大学に日本語言語文学専攻の修士課程が設置されるようになり、2006年までは47の大学に日本語言語文学専攻の修士課程が設置されている。また、日本語言語文学専攻の博士課程は以下の5校である。
北京大学(1985年)、北京外国語学院(1994年)、東北師範大学(1998年)、上海外国語学院(2000年)、 吉林大学(2005年) また、国際交流基金 2012 年の調査によると、日本語・日本文学関連の研究ができる大学は修士課程では90機関、博士課程は20機関以上ある。
4. 日本語教育の現状
国際交流基金 2012 年の調査によれば、世界の全学習者の26.3%が中国、21.9%がインドネシア、21.1%が韓国で、3か国で全学習者の7割弱である。世界で最も学習者が多い国・<地域>は中国で1,046,490人である。また、中国の日本語学習者数は、2009年の約82.7万人から 2012 年現在の約104.6
万人に増加し、世界第一位を占めた。その間の増加数は約21.9万人である。日本語教育機関数は1,800で、2009年の1,708に比べて5.4%増えている。そして、日本語教師も三年前の15,613 人から 16,752人に増加している。 (参照:国際交流基金より、グラフ1−2−4 各国・<地域>別学習者数の割合 と
グラフ1−2−2 各国・<地域>別学習者数・機関数・教師数(2012年度学習者数順位) https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/result/dl/survey_2012/2012_s_excerpt_j.pdf
5. 日本語教育機関
●初等教育
2012年度調査によると、小学校では約3,100人が日本語を学んでいる。小学校での外国語教育は、2001年秋から正式に導入されたが、全国のほとんどの小学校では英語が導入されている。一方、遼寧省や黒龍江省の一部の学校では、実験校として日本語教育が行われているところもある。
●中等教育
中等教育では外国語が必修である。第一外国語は英語中心であるが、日本語が第一外国語の場合もある。この段階の学習者は、日本語を外国語科目として教えている普通校と、日本語の専門教育を実施している外国語学校および職業校に大別できる。前者は東北三省(黒龍江、吉林、遼寧)と内蒙古自治区に集中しており、日本語を第一外国語として教える場合が多かったが、社会全体の英語志向の高まりにより減少傾向にある。外国語学校での日本語学習者数はほぼ横ばいだが、職業校は統廃合が続く中で新規に日本語教育に取り組む機関も増えている。
●高等教育
学部レベルでは日本語専攻、非専攻第一外国語、非専攻第二外国語に分類される。 ∙日本語専攻
大学入学定員の拡大政策の中、日本語学科の新設や既存学科の定員増で、学生が急増している。全体的に研究志向よりも実務志向(ビジネス、観光等)が高まっている。
∙非専攻第一外国語
現在、中国の大学で第一外国語として学べるのは、中学・高校で学んだ外国語に決められている。第一外国語の履修者は中等教育での実施状況を反映しており、英語が大多数を占め、日本語、ロシア語の順になっているが、中等教育の生徒総数の減少で日本語を第一外国語とする学生も年々少なくなっている。
∙非専攻第二外国語
上述の第一外国語の単位取得後3年生から履修できることになっており、現在のところ第一外国語での英語履修者を中心に日本語を選択する者が最も多い。
∙大学院
社会全体の高学歴志向により、大学院進学希望者が急増しているため、ここ数年大学院の設置が相次いでいる。日本語・日本文学研究科だけでなく、外国語・外国文学研究科で日本語関連の研究をすることができる機関も増加している。日本語・日本文学関連の研究ができる大学は修士課程では90機関、博士課程は20機関以上ある。(2012年まで)
なお、日本語非専攻の修士・博士課程でも必修の第一・第二外国語科目として日本語を開設するところも多い。
∙学校教育以外
各種の一般成人向けの日本語クラスによる日本語学習者の数は相当数にのぼる。 ①一般社会人コース ②留学コース ③資格取得ためのコース ④日本の大学への進学コース、⑤日系企業における日本語教育コース さらに、自学自習している学習者層も相当数存在している。
6. 日本語教師の資格条件
●初等・中等教育
現在、中国では初等教育の教師についての全国的な統一資格はなく、各地域で学歴等を考慮した独自の規定を設けている。最近、北京、上海等の都市部ではすべて大学学部卒の学歴が要求されている。
●高等教育
都市部においては修士修了以上の学歴が必要とされている。また、日本で修士や博士の学位を取得して帰国した教師が定着しはじめている。しかし日本語教育を専門に学んだ日本語教師は少なく、教師研修が大きな課題となっている。 師範系大学の日本語学科に教師養成コースを設けているところがあるが、実際に教師になる者はごくわずかである。
●学校教育以外
特になし。
7. カリキュラム(日本語専攻)
教育部が定めた日本語専攻大学生用の指導要領がある。『高等院校日語専業基礎階段教学大綱』は1,2年生用、『高等院校日語専業高年級階段教学大綱』は3,4年生(専門課程)用となっている。「教学大綱」には、1.平均的な授業時間数や開設するべき授業の内容、2.具体的な到達目標、3.語彙や文型のリストが記載されている。これらの内容は、大学で設置される科目や、授業内容の基準となるほか、教育者が教科書やテストを作成する際の指針ともなる。
8.中国における日本語教育の特徴
中国における日本語教育の特徴は、中・上級レベルに達する学習者が非常に多いことである。日本語能力試験の基準で言えば、中等教育あるいは大学の第二外国語教育でN4、第一外国語教育でN2、専門教育では在学中にN1レベルに達する。教師の日本語力も全般に高く、大学教員の場合、日本で学位を取得した者も少なくない。また中等教育の教師において訪日経験者は少ないが、日本語で十分に意思疎通できる日本語力を持っている。
9. 終わりに
以上のように、建国以後中国における日本語教育事業は発展してきていることが分かった。特に2012年国際交流基金の調査結果から見ると、政治等の関係にもかかわらず、中国の日本語学習者数、日本語教育機関数は大幅に増加していることがはっきり見てとれる。グローバル時代となり、日中両国は切っても切れない関係だと考えられる。そのため、「堅実な日本語能力と充実した文化知識を持った人材」と「異文化コミュニケーション能力」が持つ「複合型人材」の育成を重要視しなければならない。現在中国の中・上級レベルに達する学習者及び日本語教育機関が数多く、教師の日本語力が全般に高くても、決して問題がないとは言えない。例えば、教師は日本語教育ガイドラインに対しての理解はどの程度か、また、専門知識の教育と人間性教育の間のバランスが取れるかどうかは検討する必要があるであろう。更に、テキストの欠缺、特に上級になった学習者向きのテキスト不足などの問題もある。
参考文献
王冲(2006)「中国における日本語教育—過去・現在・未来—」『「対話と深化」 の次世代女性リーダーの育成:「魅力ある大学院教育」イニシアティブ(人社系)プログラム:海外研修事業編』、pp.55-58、お茶の水女子大学「魅力ある大学院教育」イニシアティブ人社系事務局
源元圭吾(2010)「中国における日本語教育−大連、長春の大学を事例に」『神奈川大学大学院言語と文化論集』(16)、pp.83-121、神奈川大学大学院外国語学研究科
「2012年度 日本語教育機関調査 結果概要 抜粋」『国際交流基金ホームページ 』 HPへ
「日本語教育 国・地域別情報 中国(2014年度)」『国際交流基金ホームページ 』 HPへ
喬穎(2014)「中国の日本語教育における『人材育成』の系譜」 『早稲田日本語教育学』、pp.27-48、早稲田日本語教育学
一次資料
教育部高等学校外語専業教学指導委員会日語組編(2001)『高等院校日語専業基礎段階 教学大綱』大連理工大学出版社
HP
教育部高等学校外語専業教学指導委員会日語組編(2000)『高等院校日語専業高年級段 階教学大綱』大連理工大学出版社
HP
一次資料の内容概要
『高等院校日語専業基礎段階教学大綱』(大学専攻初中級日本語教育のガイドライン)、 教育対象は大学日本語専攻 1~2
年生である。教育目標、カリキュラム、教育内容、教育要求、教育原則、評価などが規定されている。また、音声・文字・語彙・文法・基礎文型・表現(機能)などのシラバスが付いている。更に、教育目標に「日本社会文化の知識を豊富し、文化理解能力を養う」ことや「異文化コミュニケーション能力」が明記し、科学的・規範的・実用的に改訂されている。
『高等院校日語専業高年級段階教学大綱』(大学専攻中上級日本語教育のガイドライン)、 教育対象は大学日本語専攻 3~4 年生である。総綱・課程・卒業論文と実習・測定と評価などからなっている。また、語彙・文法的機能語などのシラバスが付いている。
©2014 Yoshimi OGAWA