草創期の日本語会話学習書

 

川橋 葉子

1. はじめに

 明治期、多くの日本語学習書が作成された。日本初の和英辞典『和英語林集成』(ヘボン1867)は特に有名である。この辞典が刊行された同年、J.F.ラウダ―により会話学習書が刊行されている。また、ヘボンが来日した同年にR.オールコックが来日し、アメリカ人宣教師S.R.ブラウンによる『日本語会話』Colloquial Japanese.(1863)と年を同じくして会話学習書を刊行している。しかし、オールコックの学習書もラウダ―の学習書も会話学習書の先駆けでありながら先行研究があまりない。そこでこの2冊について成立過程、構成、特徴について述べる。

 

2.『日本語日常会話篇』Familiar Dialogues in Japanese with English & French Translations.

2.1 成立過程

 イギリスの医師であったオールコック(Sir Rutherford Alcock, 1809-1897)は、イギリス公使館の初代駐日公使として1859年~63年に在任した。この本はオールコックが日本講師在任中、江戸で編集したものであり、通訳生や外交官・領事の仕事にたずさわる人々の日本語学習として、1863年にパリとロンドンで刊行された。また、この2年前である1861年には『初学者用日本文法綱要』Elements of Japanese Grammar.が上海で刊行されている。

2.2 構成

 本文は二編にわかれ、第一編は7章、第二編は16章からなる。各章とも左欄に日本文、右欄に日本文に対する英語とフランス語の訳文がある。

2.3 特徴

2.3.1 表記

 和英仏語との対訳の会話集である。日本語のローマ字文にしるされているつづり字は、全体として、フランス語流のつづり字(ウをouと表記など)を主体としつつ、一部英語流のつづりも交えているものとしている(松村1999:54)。

カタカナ書きの文が添えてある。

https://archive.org/details/familiardialogu00alcogoog/page/n28/mode/2up?view=theater

 

2.3.2 日本語の例文

 江戸における教養ある人々のことばづかい(松村1970174)である。ことばづかいの中には、当時の江戸ことばとして音の訛りともいうべきものが若干みられ(松村199967)、ていねいなことばづかいを中心としているので、最も多くみられるのは「でございます」という語である(松村199972)、とも述べている。

2.3.3 文法解説

 直接的な文法の解説や文法に関する章はないが、『大君の都』(オールコック1863)で日本語の特徴の一つとして、人称代名詞があまり使われていないと述べられていることを取り上げ、この会話書でも「人代名詞の使用が少数だ」と松村(199973)は指摘している。

 

3.『日英会話書』Conversations in Japanese and English.

3.1 成立過程

 ラウダ―(John Frederic Lowder, 1843-1902)はイギリスの法律家で1861年に来日、英国公使館・領事館・横浜税関顧問等での職歴がある。彼の実母はオールコックの再婚相手でもあり、彼の妻の父はアメリカ人宣教師S.R.ブラウンである。『日英会話書』は18676月にPartⅠ、186711月にPartⅡが刊行され、18685月までにPartⅢの語彙集が完成したと考えられ、序文には、より自然な実用として本当に使える日本語を覚えやすい形式で、臨場感をもって提示したい、という執筆意図が読み取れる。(常盤2009) 

3.2 構成

 序文・発音、句読法の凡例・会話例文・英和語彙一覧(動詞の説明・目次・語彙・誤植訂正)という構成である。

3.3 特徴

3.3.1 表記

 和英対訳のローマ字書きで英語式の表記が行われている。(F. Lowder 18678

3.3.2 日本語の例文

 具体的にだれ(servantboatmancooliegroomなど)との会話か、どんな場面であるかに言及し、それぞれの会話にト書きのような説明もふんだんに織り込まれている。その点ではラウダ―が、場面と会話の連続性に配慮していることが窺える。また、江戸語的な特徴とそれ以降の新しい表現も反映している。(常盤2009

3.3.3 文法解説

 直接的な文法解説はない。人称代名詞の中の特に二人称代名詞が他の学習書と比べてバラエティに富み、8種類あげている。

 

4. まとめ

 『日本語日常会話篇』と『日英会話書』は日本国内に所蔵数が少なく、文法解説が直接的に表記されていないという共通点がある。その点で学習書としての先行研究が少ないのではないかと感じた。どちらも江戸語の資料として、また、『日英会話書』は特に当時の口語資料としても貴重であると感じた。

 

参考文献

常盤智子(2009)「J.F.ラウダー著『日英会話書』の日本語-成立・構成・表記について-」『国文白百合』40: 65-52

常盤智子(2010)「J.F.ラウダー著『日英会話書』-人称代名詞から-」『近代語研究』15: 488-500

常盤智子(2012)「J.F.ラウダー著『日英会話書』語彙集について」『近代語研究』16: 1-15

松村明(1970)『洋学資料と近代日本語の研究』東京堂出版

松村明(1999)『近代日本語論考』東京堂出版

F. Lowder1867)『Conversations in Japanese and English.Japan Times Office

Internet Archive. Familiar Dialogues in Japanese with English & French Translations.

<https://archive.org/details/familiardialogu00alcogoog/page/n6/mode/2up>2022819日閲覧)